今このタイミングで言う事にも多少の意味はあるのかと思って

力が欲しいと強く思ったから、
楽しいという理由でやってる事を極力スマート化させたくなって
それが俺の現状につながってきたわけなんだけど
その理由はあまりに複合的で
親父の病気とか、デブの解散とか、娘の事とか、そこから派生した諸々の思考とか
いろいろあるんだけど
やっぱり震災もそのひとつで。

こんな時に何もできないっていう無力感は多くの人が感じたと思う。
億単位の寄付をする人を「カックイイ」 とかツイートしてる時に
とんでもない無力感を味わった。

何か、そういう悔しさが動機のひとつだったのに
それが風化してって生活がルーチンになってくのは
ちょっと哀しいから、それは忘れないように
定期的に思い出していたい。

あと、今現在、震災に対して何らかのリアクションができてる人にも
ちょっとだけ頭の片隅に置いてやってほしい。
何かしたくてしょうがないのに何もできなかった連中が
その悔しさを噛み締めながら足下を固めようとしてたりもする。
場合が、なくもない。

本日の一曲
himitsu no hako/Eberg

震災の頃に、信じられないぐらい聞いてた曲。
今カウント見てみたら、200回も聴いてた。

あまり偽善的になりたくないから、ここで敢えて明言しておきたいんだけど
俺はこの頃、人生史上でも有数の楽しい時期を迎えてて
震災を横目にするどころか、イレギュラーな雰囲気を楽しみすらしたと思う。
それが申し訳ないというのは想像力の過多だと思ってるんだけど
平然と見過ごせるほど想像力がなくもない。

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