当たり前田のスラッガー

広島カープの前田智徳選手が引退。

人に憧れたりする場合、大きく2つに分けられると思う。
「なんか、あたしに似てる・・」と「あたしには無いなあ。素敵だなあ」の2種類だ。

例えばミュージシャンのほとんどは前者をもってファンを得る。
もうこれは女子中学生があるアーティストの作品に触れた時に
「あれ、なんであたしの事こんなに分かってるんだろう、この曲はあたしを歌ってる」
と感じちゃう、あれに代表されるようなやつ。

全くスポーツをしてこなかった僕にとって、
プロスポーツ選手に憧れる心境こそが後者の最たる例だったように思う。
信じられないスピードで走る。感覚的に人からボールを奪う。蹴る。投げる。打つ。
その姿が、自分にはできなくてもどかしい動作を補完してくれていて
なんとも清々しいのだ。

前田は、僕にとって本当に共感できない人物だった。
駆け引きをしてくるピッチャーに対して「ストレート投げんかい!」とキレたとか
(野球というのはそういう駆け引きをするスポーツだ)
ホームランを打っておきながら、自分の理想のバッティングができなかったと首をかしげたりとか
(野球というのはホームランを打った奴が一番偉いはずのスポーツだ)
感動的な決勝ホームランを打っておきながら
「その前の打席でセンターフライに終わった事が悔しくて」という理由で
泣いてたり、お立ち台を拒否したりとか。
(大人は基本的にそういう理由で泣かない)
「自分なら絶対そうはならないだろうな」という信じられない言動をもって僕を痺れさせたのだ。

なによりも、
自分のバッティングに対して常人には理解できないこだわりを持っている彼が
アキレス腱を断裂して以来、自分の理想の野球プレーができなくなって
「俺の野球人生は終わった」「前田智徳という打者はもう死にました」
とコメントし続けていたほど、
本当に恐らくそれは絶望的な心境だっただろうに
その状態で20年近くもバッターボックスに立ち続けたこと。

凄く憧れるし、自分だったらと考えると到底そんな事できない気がしてくる。
メチャクチャかっこいいなーと思う。
プロスポーツ選手には、そうあってほしいと思う。
こういう人格なりドラマなりを見せてもらって初めて感動できることがあるっていうのが
スポーツの面白さとして特筆できるところで、
プロより下手なはずの高校野球があんなに面白いのも、ドラマがあるからだと思う。

前田が2000年に、達川に口説かれて、あんなに固辞していた4番に座った時
僕は中日ファンを辞めて広島に移籍した。
その4月彼は、僕がたまたまテレビで観戦していた全ての試合でホームランを打ち
日本記録ペースでホームランを打っていたのだが
すぐに怪我で脱落して、僕をずっこけさせた。

前田智徳はドラマだ。
僕みたいな運動オンチがプロスポーツ選手に求めてるのは、人格とドラマとロマンだ。
かつて前田ほど僕を感動させた人物はいない。
前田はサムライであり、ヒーローだ。
野球というスポーツが生んだものは、奇跡とか記録とかじゃない。
野球というスポーツは、前田というドラマを生んだのだ。