VOCは常に重要なのに、それに取り組むという仕事は継続しづらい

VOC(Voice of Customer/顧客の声)は、一般的に重要だと言われ、それを否定する声はあまり聞きません。しかしその割に、VOCに関する施策や戦略については議論が盛り上がりづらく、鉄板のセオリーもほぼ無く、感心できるような事例も少ないというのが現状だと言っても良いと思います。
私自身、VOC共有に熱を出したは良いがやがてマンネリ化していきシュワシュワっとその熱がどこかに行ってしまった事が何度かあります。これはCSあるあるのひとつだと思います。
この記事では、何故VOCがそんな性質を持っているのかについて私見をまとめたものになります。
先日カラオケに行った時のエピソード
先日、子どもを連れてカラオケに行った時のことです。その店はキッズルームもあって、子ども連れでも来やすい印象でした。注文した飲み物がデカめのジョッキで提供されました。歌うと喉も渇きやすいですし、私にとってはデカい飲み物は嬉しいです。
3歳の子どもが重くて持てないという事に気づいたのでストローを探したんですが、見当たりません。カラオケボックスの通話機からストローをお願いしたところ、曲がらないタイプのストローが手渡されました。
ここで私は初めて、幼児が、大人用の高さのテーブルで、デカめのジョッキで、ストローが曲がらないと、意外とジュースを飲むのが大変だということを知りました。詰むとまでは言わないまでもこの状況を体験した人間にしか分からないであろう負荷と不安が勃発します。
これまで40年以上生きてきて、デカいジョッキや、曲がらないストローでに不満を感じた事はありませんでした。むしろ、ストローのあの曲がる機能別にいらなくね?ぐらいに思ってました。
これはカラオケ店に対する批判でもなんでもなく、ちょっとした発見だなと思ったんです。
何を発見したかというと、大ジョッキやストローの重要性ではありません。人の主観には必ず死角があるという事をハッキリ体感できたことが貴重だと感じたのです。
最低でも、独身時代の私がカラオケ店の運営側だったら、この問題に気づけなかったのは間違いないと思います。提供しているメインサービスは気持ちよく歌える場の提供ですし、メインターゲットは10代〜20代あたりでしょうから、まさかジョッキの重さやストローの形状が顧客満足度を下げることになるとは、なかなか想像しづらいです。
例えば、この情景が理解できた上で、コストバランス次第では珍しい顧客を切り捨てるという事業判断はあり得るでしょう。ドライに考えれば必ずしも悪い判断ではありません。しかし、カラオケ運営側としては盲点を盲点のまま放置するのは避けたいです。こりゃマジVOC。
VOCの難しさその1:自分にない観点を想像するのはすごく難しい
この体験を一顧客としてVOCを伝えるならどうでしょうか。
例えばその場にアンケートがあれば、せっかくの気づきを伝えたいところです。しかし、2人の子どもを連れてる時にこんなディテールを伝えるのはさすがにダルいのでその際に私が書く内容は
「子ども連れてきたので、重くないグラスや曲がるタイプのストローが欲しいです」
まあこの程度でしょう。
どうですかね。数多あるVOCの中にこれが紛れてたら、何か感じられるでしょうか。
私もいろんな場でVOCを共有するようになって長いので、この程度の解像度の情報を聞いてる人々の顔が目に浮かびます。
「まあwwそれはねwwww」「わがままワロスwww」「ストロー曲がるの意味あるんだっけ」「モンペwww」「父1人幼児2人って全体の何パー?」「同様の意見は何件ありましたか?」まあこんなところでしょうか。
いやこれは同僚批判じゃありません。今まで一緒に働いたことのある多くの仲間は、身を乗り出すようにVOCに耳を傾けてくれます。ここで言いたいのは、まずVOCの難点として顧客の言葉に解像度が足りない場合がほとんどだということが挙げられる。そして、他人に新たな視点を与えるのも、自分にない視点を理解するのも簡単じゃないということです。
例えば機能追加のような具体的な要望なら数値測定できますが、私はVOCの真髄は、自分に無い観点を得る事にあると思います。しかし前述の通り、人が新たな観点を得るのには高いハードルがある。
そのハードルを超えるためには、受け手が非常に高い想像力を備えるとか、せめてその難しさを理解するとか、話し手が高い表現力を持つみたいなことが必要なんじゃないかというのが私の見解です。
VOCを読み解きそれを社内共有する担当者にはどちらの能力も求められるんじゃないかなと。
VOCの難しさその2:KPIが設定できないジレンマ
一定のサイズを超えた組織においては、VOCの収集/分析/社内共有をCS(カスタマーサポート)に委ねられる場合が多くあります。しかし、いざCS担当者が重要性を理解してこの業務に取り組んでも、目標設定や評価の時期になって、明確なKPI(重要業績指標)が設定できないという事に気づくことになりがちです。
例えば「改善施策の実施数」をKPIにすると、プロダクト側のやる気次第で変動してしまうし、「共有事例の数」を指標にすると、CSのさじ加減でどうにでもなってしまう。VOCの量そのものが少ないのであれば、収集のための行動目標ぐらいは立てられるでしょうが、一定以上のポジションを担う人にとって満足な評価を得られるような目標にはほぼなり得ません。
さてVOCの本質的な目的を「新たな観点が社内に浸透すること」だとして、こんなの数値測定できるわけがありません。
組織の中でサラリーマンが努力をする以上、明確な目標と評価基準は事実上不可欠です。VOCは、この企業の仕組みと非常に相性が悪いのです。
だから、重要だという事は共通認識になっているにも関わらず、多くの企業においておざなりになりがちだというのがひとつの現実なんだと思います。
それでもVOCする
一口にVOCといっても、実際こんなジレンマがあるんだよという事が理解いただければ本望なのですが、現時点での個人的な結論を強いて挙げるなら「それでもVOCするしかない」というものです。
インセンティブは薄い。自分の表現力やアイデアがどれぐらいのレベルか、可視化できないどころか体感すらしづらい。それでもそんなところに使命感を持てるとしたら、多くの場合CSが最有力候補じゃないかと思います。
なんとか、「ジョッキと曲がらないストロー」が幼児と父の和やかな時間にストレスを与えている姿を想像してもらえるように社内に伝える。それがCS担当者として目標にもならず、大した評価にもならなかったとしても、VOCし続けるしかない。
それがそのまま売上に直結するとは思いません。しかし、「成功する事業は例外なく顧客視点を捉えているよ」と言われれば否定できないんじゃないでしょうか。
あと、「こりゃマジVOC」とか「VOCし続ける」という日本語は間違っているのでお詫びして訂正します。