両親がコロナに感染して、犬を預かった話:後編

前編
中編

2021/04/17:親父が退院した

土曜の朝、トイの散歩を終えて、エサをあげている最中に、弟の車が到着し、親父が帰ってきた。入院中寝たきりだったので、筋力が低下し、かなり痩せ、支えられながらゆっくり歩いている様は、よぼよぼのお爺ちゃんという印象だった。
2階に自分で上がれるか、風呂に入れそうか、動作ができるかどうかを確認した。
「トイの散歩は無理そうだね。」「そうだな、すまねーけど」「朝だけ仕事前に俺が来ようか。」
トイの世話についてはある程度話はついた。

「病院からもらった薬飲んだ?」「ああ、飲まなきゃな。わりーけど、飯食ってないから、パン焼いてくれ」「いや、父ちゃん、今口に入れたの、食後の薬でしょ?」「ああ、食い終われば食後になるだろ?」
マジか。これが昭和の風来坊か。
弟いわく、ここに着くまでマスクもシートベルトも指摘するまでつけようとしなかったそうだ。こだわりがあるとか、頑固になってるとか、抵抗意識があるとかではなく、そのぐらい雑な人なのだと思う。

2021/04/19〜:割と心地よい日常

毎朝8時頃に実家に行き、トイの散歩をしてから家に戻って仕事をするというのが、ルーティンとなった。朝は若干キツイが、それなりに心地よく過ごせそうだと感じた。
散歩が終わる度に、親父の様子も聞けた。
「ちょっとそこまでウンコだけさしてやろうと思って出ただけなのによ、トイがグイグイ引っ張るもんだからトンボ公園まで行かされちまってよ、疲れちまったよ」
「そりゃ大変だったね。でも良いリハビリになるんじゃない?無理しないでよ」
「まあなー。ワシも無理はしたくねーんだけど、トイがよーwwww」
若干心配だが、悪くない話に聞こえた。

状態が非常に良くないと聞いていた母親も、土曜には退院できるとの連絡が来た。

2021/04/24:母親が退院した

朝イチで病院に向かったところ、母親は思ったより元気そうだった。入院に際してこっそり持ち込んでいたお菓子とふりかけを没収されていたらしく、病院からそれを返却された際には照れくさそうに笑っていた。
実家に向かうと、弟夫婦と酸素吸入器メーカーのおじさんが既に待ち受けてくれていた。おじさんの説明が思ったより長く、母親は、早くトイと愛の会話をおこないたくてモゾモゾしていた。

ようやくメーカーさんの説明が終わり、俺と弟がおじさんを見送っていると、母親がトイに話しかけている声が聞こえてきた。

ようやく実家に帰ってこれた母親が、最愛の飼い犬との再会に浸っている事は喜ばしいし、実際俺もホッとした瞬間であり、その一幕を茶化すつもりなど毛頭無い。ただ、正直に率直に言ってしまえば、老婆が飼い犬に大きな愛情を込め、か細い声量で話しかけ続けるサウンドは、少し不気味だった。

俺が幼少期に犬を飼いたくなかったのは、犬を愛してしまい、その対象と死に別れることへの恐怖からだった。今回、母親は犬のみでなく、家族全員も、自分が熱心に作り上げたすべてのものとも死別することに直面したと思う。それでも通常、大人というのは恐怖や寂しさを露骨に表さないものだ。自分が家族に対して言う言葉は、この2週間母親から送られてきた辞世の句かのようなMessageは、内面から直結されて吐き出されるものではなく、社会的で複雑なフィルターを通して、自分のキャラクターや相手のキャッチャーミットに合わせて適切にアレンジしようという意思が作用したものだ。しかし、動物に話しかける声というのは、主観的なドラマの中で当人がどういったコンディションであるかを露呈するような気がした。

俺もこの2週間、トイに何度も話しかけた。当然分かっていた事だが、犬は笑わない。犬は俺がどういう感情を持つかに対して期待値を持たない。俺はヒトに対して話しかける時以上に、彼に対して主観的で率直な感情をもって言葉を発していたと思う。恐らく、どこか依存される喜びを露呈していたんじゃないだろうか。そして、両親のいない実家の玄関前から頑なに動かないトイに話しかけた時、俺は絶対に他人には見せないであろう母親を失う寂しさを露呈していたと思う。

あとがきと総括

長い文章を最後までお読みいただきありがとうございました。久しぶりに長文書いたので、日本語の難しさに疲れました。
本当は、この母親がなかなか厄介なところがありまして、僕ら兄弟としては完全に胸をなでおろせる状況ではないんですが、ダラダラと家庭事情を晒すのもなんですし、今回はトイという犬との間に期せずして生まれたストーリーをお伝えしたいなーと思ったまでのでここで閉じようと思い、それっぽく締めくくりました。
これからもしばらくは毎朝トイの散歩をするのが日課になりそうです。今日もこれから散歩に行きます。

最後に、今回いくつか学びというか総括というか、シェアしたいと思ったことが2点ほどあるので書いておきます。

犬猫の飼育放棄について

今回、トイの世話については、僕と弟が実家のすぐ近くに住んでいたことで対処のしようがあったんですが、遠方に住んでたらどうだったかと想像するとゾッとする話だと思いました。調べてみたら、コロナ以前のデータでも、犬猫の飼育放棄理由の約7割は、飼い主の高齢化が原因だそうです。
「飼育放棄の約7割が“飼い主の高齢化”」「保護犬・猫制度を悪用したビジネスも」 ペットブームに潜む犬猫たちの現実
他の記事もいろいろ参照したんですが、飼い主が入院または死亡してしまうようなケースで行き場がなくなり、やむを得ず最終的に殺処分されてしまう子もまだまだ少なくはないようです。
悪意や極端な無責任だけを非難すれば良い問題ではないという事はもっと広く知られても良いかもなーと思います。

コロナウィルスは人命を奪っているので、当然この問題がフォーカスされる事は少ないと思うんですが、もしかすると2020年以降、飼い主の入院や死亡で行き場を失ってしまったペットは増えてるんじゃないかと思いました。例えば、新しくペットを飼う際に、ペットショップ一択ではなく、譲渡会を視野に入れてみるというのも良いかもしれないです。

あと、室内犬は屋外で飼っちゃいけないということもここに反省を込めて追記しておきます。もし、誰かから犬を預かる時は、ネットで充分情報収集ができるので、しっかり調べてから飼うことをお勧めします。

昭和育ちの高齢者は、僕らとちょっと感覚が違う

それほど細かい性格ではない僕や弟から見ても、うちの両親の自己管理がかなり雑だということが、事後になってハッキリ分かりました。文中に書きませんでしたが、母の糖尿病対策もかなり杜撰だったようです。手洗いうがいとマスク着用という基礎的なコロナ対策も、僕らから見れば詰めのあまいものだったのは間違いないと思っています。

もちろん、うちの両親がそうだからといって一般化できる話ではありませんが、もしかすると高齢な方というのは情報不全や体力低下など、いろんな理由でコロナ対策が充分でない可能性があると思いました。
外野からできる有効なアドバイスというのは限りがあると思いますが、極力なにかしらの声がけをしていくと良いのかなと感じました。